しょうがねェな、あのコックは 2

 コックはあの柄の悪さにもかかわらず、男から色のついた視線を送られることがある。
 それがどうも、おれと関係を持つようになって以来その確率がぐっとあがったようだ。
 ようだというのには理由がある。最近では買い出しの荷物持ちにしょっちゅう狩りだされているので、島でのあいつがどんな様子かを知ることができるものの、以前はそうではなかった。
 だから正確な比較ができない。市場や酒場で通りすがりの男共の視線をやたらと集めていたり、口笛を吹かれるなんてのが日常茶飯事だったのかどうかを。二、三度ばかり目撃した、「気色悪ィんだよ変態野郎!」と見事な蹴りで不埒な輩を撃退していたのが稀な事例だったのかを確認しようにも、もしそうでなかった場合のことを考えると……何故だか面白くない気分になるので、うやむやなままだ。

 これでおれが一緒にいなかったらどうなってんだろうなこいつ、と前を歩く金色のぽわぽわした頭を眺める。おっこれは、と露店のバスケットに積まれていた球体の野菜らしきものに注視したコックの瞳は、料理のしがいのある食材に出会ったときのそれだ。店主にその調理法を尋ねる彼の傍を、すれ違いざま軽くぶつかった輩がいた。

「おっ、すまねえ」
「いや、構わねェよ」
「兄ちゃん見ねえ顔だが旅のモンか?」
「ああ」
「だったらよ…」

 そこまで言いかけてこちらの視線に気づいた男が、ひっと呻く。
 その狼狽に、ん?とコックは不審がる。彼の方向からは見えないのを計算しての威嚇は速攻で効果があったらしく、男は「ひいいい!」と叫んで逃げていった。

「……何だありゃ?」
 首をかしげるコックにさあなと返し、本当にしょうがねェなこいつは、と呆れる。
 さして混んでもいないこの往来で、ぶつかるなんてわざとでなければありえないのに。古くさいナンパの手法で声を掛けられたことに全く気づいていないこいつは、心底不思議そうに眉をひそめている。
 最近あんな感じで逃げていく奴多いんだよなあと、八百屋の主人に金を支払ったコックは、野菜の入った袋を小脇に抱えた。
「へえ」
 わざとらしくならない程度に合いの手をいれる。
 鋭いところもあるくせに基本抜けているこいつは、己が男共からどんな目で見られているのか自覚していないから、一緒にいるこちらとしては油断ができない。
 そのくせ真実を教えてやろうものなら「このナイスガイのおれがまさか!」と否定しまくって、しまいには「おれの男前ぶりに嫉妬してやがるのか、クソマリモのくせにくだらねェ嘘つくんじゃねェ!!」と逆切れされてしまうから厄介だ。
 まあ、こちらとしてはケツも貸してもらっていることだし、多少面倒でもああいった輩をこっそり撃退するぐらいはいいだろう。

 だが、そうまでしてやっているというのに。
 買い出しを終え船に戻ったら、「ご苦労さん、今夜泊まる宿は早く探しにいったほうがいいぜ。昼用の弁当は作ってやるから」とコックがのたまいやがった。

「だから、せっかくの島なんだからわざわざ船で過ごすこたねェだろうが、な?」
 な?と言われても同意できかねるので、買ってきた食料を倉庫に積みあげているコックの背中を睨む。
「どうやらここは娯楽の多いところらしいから、おれになんか付き合わねェで久しぶりの陸を堪能してこいよ。ルフィ達はサーカス見物してくるらしいぜ」
 あいつ興奮して演目に飛び入り参加するんじゃねェの、と笑う白い頬をつねりあげたくなる。肌質がもちもちしているから、そうすれば随分と伸びるだろう。よし、そうしてやろうと決めて近づくと、不穏な空気を察してコックが小麦粉の袋の陰に身を隠す。
「んなこえー顔すんなよ。な、ゾロ」
「……荷物を運ばせるだけ運ばせて、それが終わればお役御免か」
「誰もんなこと言ってねェだろうが。なにも島に着いてまでおれみてェな野郎と過ごす必要はねェだろ。久しぶりにレディにお相手してもらって楽しんで」
「てめェがいるのに何で女を買う必要がある」
「……や、そりゃレディのほうが……」
「わざわざ金払わねェでもてめェがいるだろうが。無駄金を払う必要はねェ」
 しかもうまいメシ付きとくる。至れり尽くせりだ。
 仮に島で宿をとることになっても、こいつとメシを食いに行ったり酒を飲んだりするのは結構楽しい。普段給仕に徹しているせいで一緒に食卓を囲む、というのがほとんどないから「うん、これはいけるな」などと言って嬉しそうにモリモリ食べているのを見るのはいいものだった。
 だから別にほかの女をわざわざ……と思っていたら、コックの表情が硬い。
 おいどうした?と手を伸ばしたら、「触るな」と鋭く振りはらわれた。
「おい」
「いつも無料奉仕して貰えると思うな」
 突然態度を硬化させたコックが、訳のわからないことを喚く。はあ?とおれはムカつき半分、不可思議半分で青い瞳を見据える。

「ここんところてめェの相手させられて疲れてる」
「たまには休ませろ」
「おれはてめェの無料奉仕道具じゃねェ」
「少しはこっちの都合も考えろ」

 矢継ぎ早にコックの口から出てきたのは、こちらへの不満だった。
 それならそうと最初から言えばいいものを、久しぶりに女で楽しんでこいだなんて恩着せがましい発言をしやがって。ただ単にケツを休ませたいだけだろうが。
 だったら身体がキツイから今夜はやめてくれと頼めばいいものを。それを無理強いしてセックスに持ち込むような奴だと思われていたのだろう。
 頭の奥がカッと燃えたぎるようになり、近くにあった麻袋を殴る。穴のあいた袋から豆がざらざらとこぼれ落ち、あーあ、とコックが呟く。知るものかと倉庫を出て、甲板から砂浜に一気に飛び降りた。


 むしゃくしゃした気分のまま歩いていたら島の歓楽街に行きあたったようで、昼間だというのに街角に立つ商売女から袖を引かれる。
 お兄さんなら無料でもいいわよというのを無視して、とりあえず酒を飲めるところを探していると、なにやら揉め事らしい場面に出くわす。こういった場所では珍しくない光景だが、どうやら老人ひとりに若者が数人で絡んでいるようだった。

「おいジイさんどうしてくれる、汚れちまったじゃねえかよ」
「すまんのう……」
「ああ? すまんで済んだら海軍はいらねーんだよ。これは一点もののレア品だぜ。それなりのクリーニング代貰わねーとな!」
 脅している若者の着ている服がどう見ても高級品には見えなかったとか、どこがどう汚れているのか判別できなかったとかはさておき、苛立ちをぶつける先を発見しておれはほくそ笑む。
「おい」
 一応声をかけてやったのだから親切だろう。こちらを向いた集団のボスらしき男の左頬を殴り、続いて呆気にとられる仲間の横っ腹に蹴りを入れる。遅れて身構えたその隣の顎を打ち砕き、よろよろと立ちあがったボスの鳩尾に渾身の一撃を叩きこむ。
 うええ、とゲロを吐く男を道のむこうまで蹴り飛ばし、まだ近くにいた奴の顔面を殴る。鼻の骨が折れた音がした。
 あと二、三人いるから武器でも持ってくるかと思えば、仲間のやられようを見て怖気づいたらしく、ばたばたと駆け足で逃げていく。さすが集団で年寄りを脅すだけはある。
 あっけなく終わってしまい、たいした運動にもならなかった。当然ストレスは解消される筈もなく、こうなったら高額の賞金首でも見つけるかと考えていると、服を引っぱられる。
 若者共に絡まれていたジイさんだった。

 何度も頭をさげられ、人助けするつもりでやった訳ではないからと断っても、是非にと懇願され老人の家へとついていく羽目となる。すぐ近くだからと招かれたそこは本当に路地をいくつか挟んだすぐ近くで、ひっそりと佇んでいる商店だった。
 ここがワシの住まいじゃと教えられたそこは、控え目ながらも『大人のおもちゃ』と看板が掲げられていた。
「これはジイさんの店か?」
「そうじゃよ。趣味と実益を兼ねて開いた店じゃ」
 ほっほっと笑う柔和そうな老人は実はけっこうな曲者かもしれないと思い始め、やや警戒していると、昼餉がまだなら一緒にどうじゃと誘われる。怪しげな道具や人形などがごちゃごちゃと並ぶ店舗の奥から煮物のいい香りが漂ってきたと同時に自分の腹も鳴った。これで断るタイミングを失ったようなものだ。

 老人の妻がこしらえた食事をたらふくご馳走になり、茶を飲み干して暇を告げると、これを持っていきなさいと紙袋を渡される。
 何だこれはと尋ねると、「最新型じゃよ」と老人が微笑む。袋の中身を確認すれば男性器を模したエグイ物体が目に入り、うっと唸る。最新型だかなんだか知らないが、蛍光ピンクのどぎつい半透明のシリコン製をいきなり渡されては、少々引く。
 しかもこんなもんの世話になるほど枯れちゃいねェよと老人に視線を戻すと、彼はそこにいなかった。
「………」
 目の前に広がるのは吹きっ晒しの更地。
 たった今、目の前にいた人物はおろか、店もなにもかもが消え失せていた。
 つい今しがたここでメシを食って茶を啜っていたのに。紙袋を渡されたばかりなのに。
 こりゃあどういうことだと、一瞬のうちにかき消えた老人と建物の痕跡を探す。が、どこにも見つからない。
 残ったのは、満腹になった腹と怪しげな道具の詰まった紙袋だ。

 中身をもう一度確認してみる。
 袋の中には確かに、さっき見たものがそのままあった。
「……何だってんだ?」
 狐にも化かされたのだろうかと首をひねり、手にしていた紙袋を無意識に腹巻きに仕舞う。その場に捨てていくという考えは浮かばなかった。
「訳わからねェな」
 これがグランドラインの不思議ってやつかと無理やりこじつけようとして、うーんと唸る。
 ナミあたりに話したら「タダでごはん食べられたんだからいいじゃない」と締められそうだが、コックが聞いたら「アホかお前、妙なもん押しつけられて……うわぉ、こりゃ刺激的なもんを貰ったな」と、説教のあとに興奮して鼻血でも吹かれそうだ。
「エロコックめ」
 あのきんきら頭のアホを思い出すと、ムカつきと同時に焦燥みたいなものもこみ上げる。
 せっかく他のクルーの目を気にせず行為にふけることができるチャンスだというのに、こちらを追い出しにかかったあいつの真意が知りたい。

 本気で抵抗なんかしたことねェくせに。
「嫌だ」「やめろ」なんて口先だけで、ちょっとした愛撫にも艶めいた吐息で応えるくせに。

 とりあえず船に戻ろうと決める。また拒絶されたら実力行使すればいい。始めてしまえば、快楽に弱いあのコックは抵抗などできないのだから。
 そう考えるだけで下半身に血が集まってくるのを感じ、下腹部に力をこめる。性欲に負けるとはおれもまだまだ修行が足りねェな、とコウシロウ師匠の道場に張ってあった訓戒を諳んじ、メリー号が停泊している入り江を目指す。


 それがいけなかったのかどうか。夜のとばりにひっそりと佇む馴染みのキャラベル船を発見したときには、フクロウも鳴いていた。
 腹も減っていた。
 何でもいいからと食べるものを要求すれば、ぶつくさ言いながらもコックはうまいメシを用意してくれるだろう。
 それに酒をつけてくれたら最高だなと明かりの灯るキッチンに足を踏み入れたら、そこにいたのはコックではなく、漆黒の髪の考古学者だった。
 思わず眉をひそめた自分に、「コックさんと船番を交代したの。今日中に読んでおきたい本があったから」とロビンが告げる。

「はあぁ!?」
 剣士としてあるまじき恰好悪い声をあげてしまったのは、空腹のせいだったと言い訳するつもりはない。