ミルクティ 2

「サンジ何してんだ?」
 こちらに向かってちょこちょこと歩いてくるチョッパーに作業の手を止め、サンジは微笑む。本人にこれを言うと気分を害するので黙っているが、ぬいぐるみが動いているようで思わず頬ずりしたくなる。他のクルーが時々前触れもなくチョッパーを抱きしめるのも、同様の気持ちからだろう。
「小松菜の泥を取ってるところだ」
「すげー量だな。土産でもらったやつか?」
「ああ。老夫婦二人じゃ食いきれないってんで、畑に残ってたやつ全部もらってきた。おひたしは冷凍にして、夜はにんにく炒めと卵とじだな」
「ゾロが好きそうなメニューだな。おれも手伝うことあるか?」
「……あー、じゃあザルにあげたのを湯が沸いたら入れてくれるか?」
 ゾロ、の名前にひやりとしたサンジは、火にかけた寸胴鍋を指さす。わかった、と嬉しそうに頷くチョッパーに、自分とゾロの関係を探るような気配はない。今度からメニュー構成には気をつけようと思ってしまうのは、我ながら過敏だとわかってはいるが。
「沸騰したら塩な」
「うん」
椅子の上にちょこんと立って、沸く瞬間を見逃さないとばかりにしているチョッパーはとても愛らしい。にわかに和んだサンジは、小松菜の茎の奥まで丁寧に洗う。葉物は芯のところが一番うまいと信じている男のおかげで捨てる部分が少なくて済むのはありがたいが、この手間をあいつは知りもしないだろう。。
「寒い時期ぐらいゴム手袋したらどうだ? サンジ」
「いや、それじゃ効率悪ィだろ」
「それじゃ、このあいだ処方したクリーム使ってる暇ないだろ。せめて洗い物のときだけでも塗って防護してくれると違うんだけど」
 クルーの健康状態を逐一チェックしている船医は、サンジの指のあかぎれを常々心配していた。
「これくらい慣れてるからな」
「そうやっておざなりにしてるからよくならないんだぞ。あ、沸いた」
 ぐらぐらと煮えた湯にチョッパーは塩を落とす。
「大体サンジは働き過ぎだ。睡眠時間も少ないみたいだし、もっと他の手を借りることをしなきゃ。いつか倒れるんじゃないかと心配だよ。さっとゆがけばいいんだな?」
「ああ、頼む。……ありがとな、チョッパー」
 小松菜の入ったざるを渡し、この半分でも、とサンジは思った。この半分でもあいつが自分に特別な関心をもってくれたらいいのに、と浅ましくも思った。


 肉が少ねェ!と叫んだルフィがグラタンのおかわりを要求し、続いて卵丼をかきこむ。
「料理に文句たァ、いい度胸してんじゃねェか。ん?」
「や、うめェんだけどよ、うめェんだけどな」
 頬に米粒をつけたルフィは空の耐熱皿を片手に凄むサンジに気圧され、それでも丼を離さない。食事に関してサンジに逆らってはいけない、が船員たちの暗黙の了解だった。
「だけど?」
「だけどな、こう肉がどかーん!と。島で仕入れたばっかだろ?」
「へえ」
 火のついていない煙草をくわえ、サンジは目を細める。これは彼が怒りをこらえているときの表情だった。
「確かに肉は仕入れたな。あそこでは加工したのがうまいってんで、今回はそっちに比重を置いたんだ。ソーセージにハムにサラミ、冷蔵庫に入りきらないほど買ってきた」
「おう! うまかったぞあれ」
「……それをどこかのバカが、つまみ食いどころがむさぼり食いやがった。奮発して馬のサラミなんてのも買ったんだが」
「何かいつも食ってんのと違うやつがあったけど、あれそうだったのか。うまかったぞ!」
「……だからこの船は今、肉が品薄なんだよ。何考えてやがるこのゴム胃袋!」
「ふげっ!」
 最後の飯粒をルフィが飲みこんだのを確認したサンジは、華麗に回し蹴りを決める。壁に激突したくらいで食べたものを吐きだすような繊細な胃はしていないのを見越したうえだった。
「あ……あの、おれもちょこっと食べました……すいません」
 ルフィほど頑丈にできていないウソップが、恐れをなして控えめに手をあげる。
「ああ!?」
「ひいっ! すいません何でもしますから!」
 盗み食いはマストから吊るして日干し、もしくは甲板掃除、では済まされない雰囲気にウソップはがたがた震える。
「俺も食ったぞ、クソコック」
 まるで誇るかのような発言に、サンジのこめかみがぴくりと痙攣する。船員の命綱ともいえる食糧を預かるコックにこんなふざけた発言をするのは、この船にはひとりしかいない。
「……そうか」
 ゾロのほうに一瞬視線を投げかけたサンジは、声のトーンを落とす。
「まあ、食っちまったもんは仕方ねェ。お前らバカ三兄弟は水汲み上げと便所掃除、おやつ抜き10日間。」
「ええー!? そりゃねェだろサンジ!」
「黙れクソゴム」
「おいてめえ、この俺を馬鹿と呼んでいいのは…」
「それはバラティエで聞いた」
 おやつ抜きに反応してまとわりつくルフィを再び蹴り飛ばしたサンジは、ゾロに冷たく言い放つ。あら、とナミとロビンが顔を見合わせた。いつものパターンだったらこの後乱闘が始まってもおかしくないのに、めずらしくこの船のコックは剣士をシャットアウトすることにしたらしい。


「不機嫌だな剣士の兄ちゃん。原因はコックの兄ちゃんか?」
 むっつりと眉を寄せて胡坐をかいていたゾロに、フランキーが話しかける。仲間になって間もないとはいえ、まかりなりにも裏町のボスを張っていた者の観察眼を侮ってはいけない。
「……あいつらは放っておいていいのか?」
 問いかけには答えず、ゾロはゆっくりと瞼を開く。先程まで騒ぎの中心になっていたサイボーグの兄貴の加入で、年少組のふざけた遊びに付き合わされる負担が半分に減った。おかげで昼寝をしているときに落書きをされることも頭に蜂の巣を置かれることも、減るだろう。一番危険なのは頭上から三人まとめて乗っかられることだ。いくら鍛えてあるといっても巨大化したチョッパーの体重では、首の骨が折れる危険がある。大剣豪を目指す剣士、昼寝中に首の骨を折って死亡、はあまりにも情けない。
「ああ、おれも休憩しねェと。あいつらに最後まで付き合ってるとこっちの体力がもたねえ」
 どっこいしょ、と呟いて隣に座ったフランキーは、軸となるルフィの腕に掴まって一緒に高速回転しているチョッパーを眺める。
「三半器官を鍛えるトレーニングだと。あんなんで鍛えられるんなら苦労しねえよな」
「まあな」
「言い出しっぺの鼻は早々に脱落したし」
 大口を開けて豪快に笑ったフランキーは、未だ海に向かってげえげえ吐いているウソップの方角に向かって親指を指す。
「まったく、飽きねェ船だな」
「そうだな」
 腕組みを解いたゾロは、ちらりとラウンジの扉を見やる。それを見逃すようなフランキーではなかった。
「喧嘩したんなら謝っちまえ。根に持つタイプじゃねえだろ、むこうも」
「……してねえよ」
 なんとなくバツが悪くなって、ゾロは腹巻に手をつっこむ。他人に指摘されるほどだから、どうもコックが自分に対してよそよそしい態度をとるようになったようだ、というのは勘違いでないらしい。 

ウォーターセブンの直後ぐらいで