おれの話を聞いてくれ。
　と言ってもこれは知り合いの話なんだが。
　バラティエ時代の友人で、仮にそいつをＡとしよう。Ａは堅気だったんだが、ある日店にやってきたとある海賊の船長に誘われて自身も海賊の一員になった。よくある話だ。
　仲間になった連中もほぼ同年代だったこともあって、すぐに打ち解けた。船長自体がガキみたいな奴だから、自然とそいつが年長者の立場で船を仕切る形になったそうだ。まああいつは昔から年の割には大人びていたから、仕方ないんだろうけどな。
　それで順風満帆な海賊生活かといえばそうでもなく、ひとつ問題があった。
　船の中にたった一人、そいつを敵視する奴がいたんだ。
　そいつのことを仮にＺとする。
　そのＺは、初対面からＡに対して無茶苦茶感じが悪かった。Ａが後に仲間になる船員と話をしていたときも睨みつけていたし、本人に話しかけたときなんか「あぁ！？」と殺しでもしそうな勢いでガンつけてきやがった。ムカつく野郎だ。
　で、そのＺって奴がこれまたムカつくことに腕がたつ。普段は寝てばっかで酒が人生の唯一の楽しみ、みたいないわばダメ人間タイプなんだが。戦闘に関してはこれ以上頼りになる奴はいねェ。そんなんだからＡも、Ｚのことを無視する訳にはいかずジレンマに悩まされることになる。
　え？　そりが合わねェんなら無視すればいいって？　おいウソップ、何言ってんだ。そりゃあ、そんじょそこらの雑魚なら同じ船に乗り合わせた不運を嘆くどころか意にも介さねェ。Ａの懐の大きさは海のように広いからな。でもな、まぶしいぐらいに真っ直ぐで大きな野望を抱いているあいつと仲間だってのに、仲間扱いしてもらえないのは結構辛いものがあるんだぜ。
　……まあいい、話を戻そう。で、そうやって初対面からＡのことを敵視してきたＺは、そのくせ他の連中とは仲がいいときてる。船長とはツーカーだし、無愛想なくせして美女の船員とも飲み友達でやがる。相手がレディというのを抜きにしても、あそこの輪に混ざってみてェなーとかちょっと思っちまうこの気持ちがわかるか？　……ああ、いや、おれのことじゃねェんだ。Ａの話だあくまでも。
　お互い以外とはぎくしゃくせずにやっていけてたんだな、実際。だから自分が気づかぬうちにＢの勘に障る言動をしちまって、それで嫌われたのかなとも思ったりしたんだが。いくら考えても思い当たる節がねェ。当然だ、言葉を交わしたこともないうちからＺには敵意を向けられていたんだから。
　そこでＡは一計を案じた。同じ船に乗っていて、自分達がこんなでは周りにも悪影響だ。現にもう一人の仲間はこちらを気遣うような視線を時折投げかけ、Ｚと会話しているときにＡにも話題を振ってくる。なのにだ。Ｚはその途端それまでの機嫌のよさを陰らせ、そっぽを向きやがるときた。間に立った仲間がおろおろして、Ａにすまなそうな表情をするのが申し訳ないほどだ。で、それじゃあいけないってんで、Ａは意を決してＺをサシ飲みに誘うことにした。
　Ｚは無類の酒好きだ。奴の好きな醸造酒をためていた小遣いでしこたま買い込んだＡはさらに、普段はなかなか買えない食材を購入し、持てる技術のすべてを注ぎこんで完璧なメニューをこしらえた。
　おいたまには一緒に飲もうぜと、Ａに呼ばれてすげー嫌そうな顔でキッチンについてきたＺが、食卓に並ぶ趣向をこらした肴の数々を目にして生唾を飲み込んだのは、当然のことだろう。
　え？　Ａは料理人かって？　ああそうだ、何せおれの知り合いだからな。え？　そうそう凄腕だぜ。ツラも男前だし。まあおれには負けるけどな。
　で、そんな訳でＡとＺは深夜のキッチンで飲み始めたんだ。が、いかんせん会話がねェもんで気まずい。
　しかしそう思ってるのはＡだけみたいで、相手は降ってわいた『高級酒をいくらでも飲んでいいチャンス』に、ここぞとばかりに酒をあおっている。当然、腕によりをかけたつまみを口に運ぶことも怠らねェ。
　何だかそれを見ていたらＡはムカッときて、つい言っちまったんだ。

　おい、てめェおれのことをどう思ってる！？って。

　言っちまってからＡは、あ、なんかやべェかも、と思った。何故ならこちらに視線を合わせてきたＺの顔がもの凄かったからだ。
　言うなればそうだな……獣……いや魔獣、そう魔獣だ。ぐるるると唸りでもしそうな勢いで「それぁどんな意味だ」と接近されて、反射的にＡは身を引いた。

「いや別に……そのまんまの意味だけど」
「そのまんまってなァ、どういうことだ？」
「……え、と……」

　どう答えていいかわからないＡは、しどろもどろになる。むこうの欲している回答がどんなものかわからない。なにしろ二人は決定的にコミ二ュケーションが足りねェ。そうこうしているうちにＺの顔が接近してくる。
　おい近ェよと言おうとしたら、唇が塞がれた。
　食われる！と瞬間的に思った。比喩じゃなく直接的な意味でだ。
　優しさのかけらもない、奪うみてェなキスだった。びっくりして固まってるＡの後頭部をおさえて、Ｚは蹂躙って言葉がぴったりの感じで口腔内をまさぐる。まるで獰猛なケダモノだ。
　静かなキッチンに湿った水音が響いて……あ、まあ、そこは割愛しよう。どうしたウソップ、顔色悪ィな。ん？　そうか、じゃあ続けよう。
　でだ、口ん中を散々に舐めまわされてじゅうじゅう吸われて、さすがのＡも生命の危機を覚えた。内臓を吸いつくされるんじゃねェかって。大げさだと笑ってくれるな、そんときはマジでそう思ったんだ。
　レストラン飛び出して海賊になったはいいがオールブルーを見つける前にこんなところで死んじまうなんて冗談じゃねェよなあ……とか意識が遠のきかけた。え？　どうして抵抗しなかったって？　そりゃあ……決まってんだろうが、だってあのゾ……いや、あのＺがだぜ、よりによってキスしてきたんだぜ。抵抗できる訳ねェだろうが。
　で、意識を失う手前でＺは唇を離してくれたんだ。そしてこう言った。

　嫌だったら死ぬ気で抵抗してみろ。

　そりゃあもう凶悪も凶悪、どんな悪党も震えあがるような薄笑いを浮かべやがった。そのくせ抗えないほどの魅力を持った笑いってやつだ。
　そんな表情をされたらレディでなくてもイチコロだろう。死ぬ気で抵抗なんてできる訳がねェ。
　だからあれよあれよという間に服を引っぺがされて全身を弄られて、最後にありえないブツをケツに捻じ込まれても、Ａはそいつを蹴り飛ばすことなんてできなかった。
　……おい、おーいウソップ、もしもーし？　大丈夫か悪酔いしたか？　あーそうかまだお前には刺激の強かったかな、カヤちゃんとはまだプラトニックだもんな。え？　こうなったら毒を食らわば皿までって？　最後まで聞いてくれるって？　いい奴だなお前。
　で、ここからなんだ本題は。
　失神するまでヤりまくられたＡが気がときには、キッチンのソファで寝かされていた。Ｚはそこにはいなかったけど毛布がかけられていて、記憶のある限りでは全身どろどろのぐちゃぐちゃだった筈なのに、きれいに清められてある。
　男にヤられちまったのはなんだかなあって感じだったけど、失神した自分の後処理を甲斐甲斐しくやってくれたのだと思うと、まあ死ぬほど痛かったのも許せるかなと……あくまでもＡの感想なんだが。
　それがきっかけで二人の仲が劇的に変化したかといえば、そうでもない。
　相変わらずＺはＡに対してむっつりしてるし、他の仲間といるときみたいにくだけた調子にもならない。けど、ほんの僅かなんだけどＡを見つめる視線に棘がなくなった。その代わりにＡを些細なことでからかう頻度が増した。夜のラウンジで、甲板で、あの獣みたいな目で手を伸ばしてくる。
　何度も体を重ねた。
　それこそ口には出せねェような恥ずかしい体位もさせられて、初めは粗野だったＺのセックスも段々と丁寧になってきて、ケツを抉られるだけでイけるようになって。
　考えたんだ。
　自分達はなんでこんなことやってんだろう、って。
　相手には怖くて聞けなかった。
　それこそ「性欲処理だ」なんて聞かされた日にゃ、立ち直れねェからな。船乗りにはよくあることだと知ってはいても、納得できるもんじゃねェ。
　その返答は聞きたくない、でもそれ以外の可能性なんて……ありえねェだろ。長い航海のうちに仲間の男のケツを使うなんてのは、海賊だったら当然のことだ。
　むこうの真意が知りたい、知りたいけど聞くことができない。聞けないけどＺの手を拒むことはできない、そうしたらあいつは島で適当な相手と寝るだろうから。それは嫌だ。でもむこうの気持ちがわからないままセックスするのが苦痛になってきた。と、負のスパイラルに陥っちまったんだ。
　よっぽど追いつめられたんだろう、あるときＡは島に上陸した際、酒場で隣り合った年配の男に詳細は端折って相談めいたことをしてみた。
　男は親切に話を聞いてくれた。うんそりゃあ切ないよなあ、と同情もしてくれた。ついうっかり飲み過ぎちまったせいでぐらぐら揺れる頭を、優しく撫でてきた。普段だったら野郎に頭を撫でられなんかりしたら「触んじゃねェクソが！」ぐらいは言っていたＡも、そのときは髪を梳かれるままだった。
　そうしたら、もの凄い殺気がぐわりと襲ってきた。
　この気配はよく知っているものだ。あいつだ。
　ぐらぐらと揺れる頭を背後に向けようとしたＡは、そうする前にうぐっ！という呻き声を聞いた。それは隣に座っていた男が地面に容赦なく叩きつけられたせいだ。
　おい大丈夫か？と声をかけようとして、それは叶わなかった。燃えるような瞳をしたＺが、シャツの襟首を締めあげてきたからだ。
　おいアホ、とこっちを恫喝するあいつは、すげー怒ってるみたいだった。けどその理由がよくわからない。
　だってその日、いの一番に船を降りていったのはＺで、取り残されたＡは買い出しを終えてから酒場で飲んでいたに過ぎないのに。

「おい、どういうこった？」
「……何が？」
「船番だろうがてめェ。それが何でこんなところで飲んでやがる」
「あー……ロビンちゃんが読みたい本があるからって、代わってくれた」

　大体こんな会話がなされたと思う。
　こちらの説明にＺは、眉間の皺を最大限に浮かせた。忌々しそうにチッ、と舌打ちしたのも聞こえた。
　冷静になって考えてみりゃ、こんな理不尽な話はねェ。だってそうだろ、勝手にいなくなったのはむこうなんだ。それなのに、酒を飲んでいただけでムカつかれる謂れはねェ。
　なのに酔っぱらっていたせいでＡは、自分になにか落ち度があったんじゃないかと思っちまった。無口で傲慢だけど、Ｚは理由もなしに相手に怒りをぶつける奴じゃないからな。
　でもあの晩だけはひどかった。
　酒場の上の部屋をとったあいつは、まるで荷物を運ぶみたいにＡを抱えあげて、部屋に入るやいなやベッドに放り投げた。
　それから手足を縛って下半身を……ほらあそこな、根元をベルトで縛りやがって。それから後ろにはディルドを挿入してスイッチをオン、だ。あ、一応ローションでほぐしてはくれたけどな。ちょっと痛かった。
　……おいマジで顔色悪ィぞ。チョッパー呼んでくるか？　え？　そろそろ勘弁してほしいって？　いやいや勘弁してほしいのはこっちだぜ。何が悲しくて道具を突っこまれて一晩中放置されなきゃならねェってんだよ、おれァ。
　しかもあいつ、酒飲みながらこっちが悶える様子をずっと眺めてやがったんだぜ。信じらんねェだろ？
　明日早いからもう寝る？　まあ待て。本題はこれからだって。それでな、同じ男として意見が聞きたい訳だおれは。
　間違っても大事な相手にそんな真似はできねェだろ？　いやそれは個人で差異がとか濁してんじゃねェよ。じゃあてめェ、あの清楚なお嬢様を縛って●イブ突っ込んで朝まで放置とかできるか？　おれとカヤはそんなんじゃとか言ってんじゃ……んだよ、てめェか。
　おれは今ウソップと、ある男の悩みについて相談し合ってるところだから、酒でも勝手に持ってけ。は？　アホの酔っぱらいは手に負えねェって誰のこと言ってんだ？　喧嘩売ってんのかコラ！
　迷惑掛けたなって、おれは誰にも迷惑かけちゃねェっての！！　なーウソップ。　うわっ、おい！おろせ！！
　誰が酔っぱらいだ誰が！　おれァ酔ってねェ！　ちょっケツ触んじゃねェ！！
　離せコラマリモ！　皆さん魔獣がここにいますよーナミさんロビンちゃん助けうぐ、っ……



　昨夜はひでェ目に遭った。ウソップと飲んでいたら突然ゾロが現れて格納庫まで連れていかれた。なんかもうすげェ殺気立ってやがるから抵抗したら腹を殴られて、気づいたら裸に剥かれて手首はお約束の縛り。
　あいつは「このアホコックが」と、まるでこっちが悪いみてェな感じで睨みつけてきて。
　おれは鳩尾が痛むやらそうでない部分がきゅっと締めつけられるやらで、なんだか泣きそうだった。
　処理としておれを使うにしてもあんまりな扱いじゃねェか、おい。
　どうせまたあの安宿での一件みたいなことになるんだろうなあとため息をついたら、ゾロの奴、おれのことを抱きしめてきやがった。

「お前は飲むと無防備になりやがる」
「他の男と二人きりで飲むんじゃねェ」
「飲むときはおれを誘っとけ」
　なんて耳元で囁かれて、ぞわっとしてしまったのはゾロには絶対気づかれたくない。
　クソ、無駄にいい声しやがって。
　この声にこれまで何人のレディが蕩けさせられたのかと考えるだけで癪だ。世のレディはこんな獣に蹂躙されるために生まれてきたんじゃねェ。
　そういった点ではおれは身体を張って犠牲者を止めているともいえる。……とかなんとか考えていたらますます落ち込んできた。
　昨夜のゾロは予想外に丁寧な抱き方をしてきたし、まああれならたまに付き合ってやってもいいかなぐらいにはおれも気持ちよかった。
　でも、心がざわざわして仕方ねェ。
　ウソップへの相談は失敗しちまったし、こうなったら恥を忍んでバラティエの誰か……いやいやいや、万が一ジジイの耳に入っておれのことだと特定されたら目もあてられねェしな。
　

　あー腰が痛ェ。あ、あそこに腰痛の原因発見。相変わらず緑緑してやがる。呑気に芝生で昼寝かよ。たまには率先して甲板掃除でもしろっての。
　あ、起きた。うおっこっち向いた。
　条件反射で睨みつけてやったら、すげー勢いでこっちに来るんですけど。
「何か用か」って、何もありませんあっち行ってください。手首を掴むのはやめてください頬が熱いです。
　それをなにか勘違いしたらしいマリモが、おれの頬にちゅっとやりやがった。
　……何それ？　意味わかんねェんですけど。
　じんわりと赤くなる頬をおさえるおれが呆然としているのを無視して、ゾロはくるりとターンする。
　あ、逃げられる、と思った瞬間的に「おいクソマリモ」と呼びとめていた。

「んだよ」
　キスしやがったくせにゾロは不機嫌に振りかえる。ドウブツの思考はおれには理解できねェ。乱暴にしてきたかと思えば恋人に対するような行為をして、なのに間違っても恋人にはできねェような態度をとりやがる。
「用があるならさっさと言え。おれは忙しいんだ」
「………」
　さっきまで寝こけていた人間の台詞かよ、と思ったけれど。目が合っただけでこっちに来やがったくせに、とかキスしやがったくせに、とかやり返してやろうとして口を開いたら、塞がれた。
　ゾロの唇でだ。

　てめェちっとはおれの話を聞きやがれと肩を拳で叩く。当然鍛えられた体がそんなもので揺らぐ筈がない。
　べろ、と悪戯するみたいに表面を舐めてきたゾロの舌が中に入りこんでくる。ついでに腰も掴まれた。

　ちょっ、こんな真っ昼間からまさか、と焦ったら、唇を離したゾロがにやにやと笑う。
「最悪」とおれは言った。
「そりゃどうも」といけしゃあしゃあと言ってのけたゾロは、掴んだ腰を離さない。
「褒めてねェよ」とおれは睨む。

「全然褒めてねェっての、この獣が」
「へえ」
「……なに嬉しそうにしてやがる」
「前々から思ってたんだが、腰細いなお前」
「何の話だ！！」

　まったくなあ。ため息が出るぜ。
　戦闘能力だけが発達した緑の珍獣とは、まともな会話ができそうにない。

ゾロサイドに続きます。