鳶色と藍

 最悪も最低だ、とサンジは柚子の皮を刻む。こんなときでも料理を作れてしまうのも、あいつの好物の白菜漬けの仕込みをしなければいけないのも悔しい。
 しかしこれはあいつのためにやっているのではない、ほかの皆も柚子風味のこの漬物が大好きだし、それに野菜の傷みやすい海上においてこの保存方法は理にかなっているのだと、彼は自らを慰め。 あんな男――ゾロのためだけの食材ではないが、あいつもクルーの一員である以上、食べさせない訳にはいかない。
「おい、腹減ったんだが」
 そう、こうして悪びれもなく自分の前に顔を出せる図々しい男であってもだ。
「……何時だと思ってる。まだ開店準備中だ」
 サンジは包丁の手を止める。自分のこめかみが引き攣っているのが分かった。いつもは朝食の時間ぎりぎりまで熟睡しているくせにこんな日に限って、いやこんな日だから早く起きてきたのだろうか。
「男部屋に戻ってもうひと眠りしてこいよ。朝っぱらからそのしけたツラ眺めていたくねェんだよ、おれは」
 これがナミやロビンであれば当然紅茶ぐらいはいれていただろう。しかし相手は他でもないこの男だ。話しかけるのすら煩わしい。
「男部屋に戻って、ね」
 こちらの嫌悪感に気づいているだろうに、ゾロは愉快そうに口端をつりあげる。
「昨夜運動しすぎちまったせいか、腹がやたらと空きやがる。とりあえず何でもいいから食わせてくれ」
「……っ、」
「それとも自分を欲しがる奴に食わせるもんはねェってか? それともおれが怖ェか?」
「来る……な」
「逆効果だろ、その顔」
 ゾロが上唇をぺろりと舐める。まるで獲物に照準をあてているかのような獣の目だった。
 この目は昨夜何度も見たのだ。「お前を寄越せ」と唸るようににじり寄ってきたときも、引き裂いたシャツで両腕を拘束するときも、荒々しく内部に楔を打ち込んできたときも、絶えず視線はサンジを欲していた。
「あれだけやったのに平気な顔してキッチンに立ってやがると思ったら、やっぱりダメージは残ってんな。体もキツいんじゃねェか?」
「触るな」
「今さらだろ?」
「てめ……っ」
 今さら、に含まれる意味を正しく理解したサンジの頬に朱がさす。あれだけ散々に蹂躙された後でもったいぶるなと言いたげなゾロの言葉尻にも、犯されてしまった側の動揺が隠せない自分にも腹がたつ。
 どうしてあんなことになった、とサンジは思考をめぐらす。あれがただの性欲の捌け口としての衝動であれば、どんなに気が楽だったろう。
 けれど目の前の男が求めてきたのは体だけではなかった。この鳶色の目で、全身で、自分をまるごと欲しいと欲してきたのだ。
 だから床に押しつけられゾロの熱いものをねじ込まれようとしても、形ばかりの抵抗しかできなかった。
「どうして……」
 どうして自分なんだ、とサンジは唇を噛む。ゾロのことは大事な仲間と思っていた。最初はしっくりいっていなかった時期もあったけれど、そのうち家族みたいになっていって。
 それがまさか、あんな風に求められるとは。
「ゾロ……おれら仲間じゃねェか。どうして……」
 サンジは切なげに目を細める。これが男同士であっても仲間でなければ、話はもっと簡単だったろう。けれど自分達はこれからも航海を共にする、いわば運命共同体だ。
 その中にあってこんな関係は、周囲に悪影響を及ぼさないとも限らない。
「こういうの……勘弁してくれよ、ゾロ」
「何がだ」
「だからこういう風に触ってきたりとか、それとその目」
 顎髭を弄ぶようにくすぐられ、サンジは居心地悪げに身じろぎする。
「もし溜まってんなら時々ケツ貸してやってもいいから、そういう目でおれを見るな」
「……はあ? アホかお前」
「てめェこそアホだろ。よりによって何でおれなんだよ……」
 頬を包みこむざらざらした掌の感触にサンジは目を閉じた。まるで確認するかのように触れられて、昨夜の感覚が蘇る。
 激痛を伴う苦痛にあって、背中や髪をなでてくるこの男の手は決して不快でなかった。それが一の問題なのだと彼は知っている。
「ごちゃごちゃうるせェな。いいからてめェを俺に寄越せ」
 そしてこうやってゾロに強く求められて、拒絶どころか流されてしまいそうになる自分がいるのだ。


「……うるせェクソマリモ。おれは物じゃねェっての」