ロロノア流儀

 落ちつけおれ、とサンジは深呼吸した。
 冷蔵庫に入りきらなかったのでまあいっか、と昨夜台所へ置きっぱなしにしていたスイカに網目状に巻かれていた縄はすっぱりと切られている。この見事な切り口はあいつしかいねェよなあと、彼は力なく笑った。
 勿論それだけではない。本体であるスイカも、これまた見事なまでに一刀両断され、残っているのは外側の厚い皮だけだ。赤いところを余すことなく食べ尽くされたこの果物も本望というべきなのか。
 しかしこれは今日のおやつで、シャーベットにしようと思っていたものだ。ナミさんとロビンちゃんのリクエストがあればカクテルに浮かべてもいいなと思っていたのに。
 一番ムカつくのは、カモフラージュなのか夜目烏の羽が散らばっていることだ。犯人は鳥ですよ、のつもりなのか。無理やりむしられたに違いない羽の根元には血もついていたりして、あいつには動物虐待のケがあるのだろうかとサンジは考える。
まあとにかく、これからすべきことはひとつだ。

「この、クソマリモーーー!!」


 ラウンジの隅っこに正座させられているゾロに反省の色はない。
「俺だけ朝食抜きってのは、どういうことだ」
 ぶすくれた表情の剣士はナミに電流を浴びせられ渋々正座をしてはいるが、納得がいかねェと偉そうに腕組みをする。
「なんの証拠があっておれがやったと決めつけんだ。夜中に鳥が食ったとか、昆虫の大群がやってきたとか、あるだろ」
「な訳ねェだろ。鳥や虫……うわ、想像させんな、があんな鋭利にスイカ切れるかよ」
スープのおかわりをルフィの前に置いたサンジが、まったくてめェは、とその場で肩をすくめる。
「大体、腹減ったからって皆のおやつを全部食っちまうなんて、ルフィじゃあるめェし。しょうがねェ奴だな」
「あー…わかんねェぞサンジ、あのスイカはうまかったからなぁ。鳥が食っちまったんじゃねェか?」
 口に詰め込んだパンをごくりと飲みこんだルフィが、ゾロを庇う発言をする。びき、と音がするほどサンジのこめかみに青筋が立った。

「てめェも同罪かこのクソゴムーー!!」


「なー、悪かったってサンジーー」
 マストに吊るされた二人のうち麦わらをかぶったほうが、甲板で洗濯物を干す金髪のコックに懇願する。
「なー、もうしねェから、なんか食わせてくれよー。朝メシ途中だったから腹減ってきちまったよー」
 腹の虫をぐうぐういわせて身体を前後にゆする相手を無視し、サンジは洗ったばかりのシーツの皺をのばす。張りめぐらされたロープに干された洗濯物が風ではためき、航海の順調を知らせる。
「なーサンジ」
「……黙れクソゴム。あのスイカはなぁ、ナミさんやロビンちゃんの麗しいお口を潤すために買ってきたんだ。それをてめェらが……しかも何だあのカモフラージュは。食う訳でもねェのに鳥の羽むしってんじゃねェぞコラ」
「いや食ったぞ」
「………は?」
 あっけらかんと答える船長に、サンジは怪訝な表情を浮かべる。昨夜キッチンで調理したような形跡はなかった。もし食材を焼いたり煮たりすれば、匂いで自分は飛び起きただろう。つまり、焼いたり煮たりはしていないということだ。
「ゾロの故郷では鳥刺しっつーもんがあるんだと。ちょっと肉は固かったけど、頭のとこなんか噛みごたえがあって…」
「いい! それ以上言うなルフィ!」
 そういえば今朝のキッチンは僅かに鉄臭かったなと回想したサンジは、あわてて制止する。料理人でありながら昆虫も生臭い光景も苦手な彼は、哀れな鳥を頭からばりばりやっている光景を想像し、ぶるりと身を震わせた。
「生だと精がつくってゾロが…」
「だからもう言うな! おいクソ腹巻! アホ船長に抵当な事吹きこんでんじゃねェぞ! 一体どういう了見だ!」
 上方を睨みつけたサンジが、さっきからうんともすんとも言わない剣士に向かって噛みつく。
「おいてめェ! 次から次へとくだらねェことしやがって。おれに喧嘩売ってんのか? おい何とか言え!」
「……男にとって」
「ああ!?」
「食いてえときが食い頃だ(どん!)」
「はぁぁ!? それが昨夜の言い訳かぁぁ!!」
 決まった、とばかりに誇らしげな顔をするゾロに、完全にぶち切れたサンジは手すりを踏み台にして反行儀キックを放った。
「ぐおっ!」
 腕ごと胴体を縛られているゾロはそれをまともに食らい、ブランコのように後方へと飛んでいった。


「まーたやってるわよ」
 事の一部始終を見ていたナミが、呆れた風にため息をつく。
「剣士さんたら、コックさんにかまってほしくて仕方ないのね」
 微笑ましげに窓の外の光景を眺めていたロビン本のページをめくる。
「好きな子にどうアプローチしたらいいのかわからない、って感じね」
「だったらさっさと告っちゃえばいいのよ。こっちが迷惑するんだから」
 スイカのデザートを少なからず楽しみにしていたナミは、まったくもう、と地図を広げたテーブルに肘をついた。