あー何でこんなことになってんだか、とサンジは思った。見上げる天井は小刻みに揺れている。まさかこの体勢で天井を眺めることになるとは思いもよらなかった。
一体どのくらいの時間が経ったのだろう。上からぼたりと垂れた汗に、サンジは眉をしかめる。自分の上で好き勝手に腰を振っている男はまだ行為に飽きないようだ。
気持ち良さそうな顔しやがって、と苦々しい気持ちになる。煙草がここにあればそれで気を紛らわせたいところだが、スーツの上は窓際のソファーに置かれている。もう我慢できないといった感じで服を脱がせてきたこの魔獣も少しは気遣いができたようで、上着は一応畳まれていた。
とにかくこの痛いだけしかない行為が早く終わらないだろうかと、サンジは唇をぎりと噛む。
「まだ痛えのか?」
ふとゾロが動きを止めた。ああ痛ェよこのクソ野郎、とサンジは視線で訴える。てめェの無駄にでけェもんを突っ込まれて死にそうだ、と口にしないのは、言ったところでこの男がやめてくれるとは思えなかったからだ。
「痛えか」
確認するように呟いたゾロは、萎えきったサンジのものにそろりと手を伸ばす。
「ばっ、てめェ! そこに触んじゃねェって……」
「言ってたな確か」
分厚いゾロの掌が無遠慮にさすってくる。お世辞にも上手くはない梳かれ方でも、直接的な刺激に性器は反応してしまう。愛撫だなんてとんでもないこれは嬲られているだけだと、サンジは両手で顔を覆った。
「顔見せろ」
空いているほうの手でゾロは邪魔な手を外す。露わになった半分の肌が薄く色づいていることに満足した彼は、律動を再開した。
「……っ、てめ……あ、っ」
浅い部分をがつんと突かれたサンジが甘い声をあげる。それまでとは違う反応に、同じところをもう一度突く。白い喉がのけぞった。
「へえ」
にやりと笑ったゾロは上唇を舐める。
「ここがいいのか?」
「な訳……あ、っ」
顕著な反応を示すサンジは、つま先をぶるりと震わせる。むきだしの膝裏に手をかけたゾロは、それを自分の肩に担がせた。
甘やかしすぎたせいだ、とサンジは反省する。一流のコックであるからしてクルーの望むものはなるべく叶えてやりたいという精神を、ゾロに対しても発揮してきた。それがいけなかったんだ、と彼は振りかえる。
三度の食事とおやつはもちろん、晩酌のつまみまで作ってやるのが日課のようになっていたから、「じゃあおれからのプレゼントは何がいい?」という質問にエスカレートした要求をしてきたのだ。
せめて「特別だぞ」と酒の肴を渡すのは三日に一度にしておけばよかった、と彼は反省する。毎晩のことになればそれは当然特別ではなくなり、ありがたみもなくなる。
だからといって、食には満たされているからって、「黙ってやらせろ」はないんじゃないかとサンジは思う。いくら性欲が溜まっているからって誕生日プレゼントにダッチワイフの代わりをしろだなんて、仲間に言うことだろうか。
「もう二度としねェぞ……」
ぐったり力尽きたサンジは床にうつぶせる。精液その他でどろどろになった下半身を濡れタオルで処理してくれている相手を、蹴る気力もない。
「冗談だろ」
さも馬鹿にしたようにはねつけたゾロは、尻の割れ目をぐいと広げた。
「赤くなってんな。チョッパーに薬貰うか」
「な、んなことしたらてめェ! オロす!」
腰から下の感覚がないサンジは真っ赤になって怒鳴る。野郎に掘られただけでも屈辱的なのに、それをほかの仲間にも知られたら海に飛び込んで死ぬしかない。職業意識の高いチョッパーのことだから守秘義務は必ず守るだろうが、それでも知られたくはない。
こんなことはこれっきりだから、しばらくすればこの鈍い痛みも記憶とともに薄れていくだろう。だから平気だ、とサンジは自らを慰めた。が、しかし、剣士はとんでもない発言をしてくれた。
「けどな、慣れるまでは切れたりとかするかもしれねえぞ。チョッパーには適当な理由つけて軟膏貰ってくる」
「……は?」
「腸壁は傷つきやすいんだと」
「……はあ?」
「本に書いてあった」
「……はああ?」
もうどこからツッコんでいいのかわからないけれど、サンジはぐるりと反転する。
「慣れるまでって? これからもヤる気かよ」
「おう」
「本ってまさか今日のために学習してきたとか」
「おう」
返事自体は爽やかなのだがその表情はいかにも『悪そう』なゾロは、どさくさに紛れてサンジの太ももを撫でる。赤い吸い跡の点々と残るそこは服で隠れるからいいものの、鎖骨や腕の内側にもしっかりとつけられたキスマークはしばらくの軽装を許さない。
「下調べしてたわりには……随分乱暴にしやがって」
「いざ本番となると勝手が違ってな。がっついちまった」
これで本人は爽やかでいるつもりだったら蹴り殺してやろうとサンジは思った。潤滑油も持参していてずいぶん用意周到だなと思っていたら、この男は思いつきでなく最初から自分の尻を狙っていたらしい。
しかも本番という単語を使われると、前の前の島で風俗のしつこい呼び込みにあったサンジとしては二重の意味できつい。
「おれは、てめェと二度とこんなことするつもりはねェ……」
「へえ」
「てめェが誕生日だから、仕方なくやらせてやったんだ」
「へえ。じゃあお前は誕生日なら誰にでもやらせんのか?」
ぐっと返答に窮するサンジをおもしろそうに眺めたゾロは、使用済みのタオルをソファーに放った。
「誕生日だったら、そいつにやらせろって言われておとなしく股開くのか? こっちの気が済むまで抵抗もしないってのか? お前が?」
「………」
これは自分に対する嫌がらせだ、とサンジは思う。そちらで勝手に欲しておきながらこちらにも責任があるような言い方をするゾロを、卑怯だとさえ思った。
「お前が男にここまでさせるなんてよっぽどだと思うんだが。……違うか?」
傲慢に尋ねてくるゾロの瞳に僅かな迷いがある。その迷いが不安によるものだとしたら、それはどんな意味をなすのか。
「なあコック?」
「………」
「おい答えろよ」
てめェがどんなつもりでこんな事を望んだのか教えるまで答えるつもりはないと、サンジは口をつぐむ。
もうじき夜が明ける。しらじらと明るくなった空を眺める頃にはここを離れているだろうかと、彼は窓の外を見上げた。
ゾロの誕生日をまたいだ、展望室での出来事だった。
2010年ゾロ誕。